東京高等裁判所 平成2年(ネ)826号 判決 1991年11月07日
東京都中野区中野六丁目一四番一四号
(送達場所・東京都渋谷区桜丘町二四番四号)
控訴人(原告)
北辰工業株式会社
右代表者代表取締役
北中克己
東京都北区東十条三丁目三番一-九一五号
被控訴人(被告)
株式会社 エイチ・ビー・プラニング
(旧商号・高橋工業株式会社)
右代表者代表取締役
高橋保昌
右訴訟代理人弁護士
雨宮定直
同
吉田和彦
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人以外の第三者のために、別紙本訴対象物件目録表示の構造を有する揺動圧入式掘削装置を製造納入してはならない。
三 被控訴人は、控訴人以外の第三者に対し、別紙本訴対象物件目録表示の構造を有する揺動圧入式掘削装置を販売してはならない。
四 被控訴人は控訴人に対し、金五六〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月八日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
五 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
六 この判決は、第四項に限り、仮にこれを執行することができる。
事実
第一 当事者が求める裁判
一 控訴人
主文第一ないし第五項と同旨の判決並びに仮執行の宣言なお、原審における本訴請求のうち、原判決摘示の請求の趣旨第1項の差止請求を「原判決別紙目録一に示す構造を有する北辰式掘削装置」から「別紙本訴対象物件目録表示の構造を有する揺動圧入式掘削装置」に拡張し、同第2項の金員支払請求を「金六〇〇万円」から「金五六〇万円」に減縮
二 被控訴人
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決
第二 当事者の主張
左記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
ただし、原判決の第三頁第一一行ないし第四頁初行の「別紙目録(二)記載の北辰式掘削装置と呼ばれるアンカー付掘削装置(以下「北辰式掘削装置」又は「本件掘削装置」という。」を「別紙本訴対象物件目録記載の北辰式掘削装置と呼ばれるアンカー付揺動圧入式掘削装置(以下「北辰式掘削装置」という。)に、第五頁第七行、第八行の「代金三〇〇〇万円」を「代金二八〇〇万円」に、第九頁第五行及び第一一頁第八行の各「六〇〇万円」をいずれも「五六〇万円」に、第一一頁第七行の「被告装置」を「北辰式掘削装置」に、第一二頁第二行の「本件装置」を「北辰式掘削装置」に、改める。同第一二頁第六行の末尾に「(ただし、契約の対象物件については争う。)」を加える。
一 控訴人
本件契約によつて定められた被控訴人の不作為義務について、三年ないし五年の期限を定めた事実はない。
二 被控訴人
継続的取引契約において契約当事者に一定の不作為義務を負わせる約款を定めることもまれではないが、この種の拘束約款は三年ないし五年の期限を定めるのが一般であつて、余りに長期間にわたる拘束約款を定めることは不公正な取引方法に該当するというべきである。したがつて、本件契約によつて被控訴人が一定の不作為義務を負うとしても、この不作為義務は本件契約の成立後三年ないし五年の経過によつて消滅したと解するのが相当であるから、控訴人が、現在もなお被控訴人に対して不作為義務の履行を求める権利を有すると理解することはできない。
第三 証拠関係
証拠関係は、原審及び当審の訴訟記録中の、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらの記載をここに引用する。
理由
一 控訴人と被控訴人の間において、昭和四七年中に本件契約が成立したことは、契約の対象物件を除き、当事者間に争いがない。
そして、「特許出願中」という記載部分を除いて成立に争いない甲第六六号証の一(被控訴人作成の図面)及び原審における控訴人代表者尋問(第一ないし第三回)の結果によれば、控訴人代表者と被控訴人代表者は昭和四七年初めころから控訴人代表者の創案に係る掘削装置の製造下請について交渉を続け、本件契約内容のとおりの合意に達したことに基づいて、被控訴人において右装置に関する図面を作成したものであるところ、その図面には作成年月日として昭和四七年四月二八日と記載されていることが認められる。したがつて、本件契約は、昭和四七年中であつて、かつ、同年四月二八日より前に成立したことが明らかである。
ところで、本件契約の対象物件、すなわち被控訴人が製造し控訴人以外の第三者に対し納入販売してはならない不作為義務を負う掘削装置の範囲(以下「被控訴人が不作為義務を負う範囲」という。)について、控訴人が北辰式掘削装置と呼ばれるアンカー付きの揺動式掘削装置を広く含むと主張するのに対し、被控訴人は、控訴人の注文に基づいて現実に製造納入した装置及びこれと本質的に同一のもの(すなわち、基体内にチヤツク、インゴツド及びアンカーをほほ一列に配設する構造のもの)に限定されると主張する。
そこで検討するに、いずれも成立に争いない甲第三号証の一ないし四(大内二男ほか著「建築施行講座2 基礎工事」鹿島研究所出版会昭和四六年二月二〇日発行)、第一三号証の七の一(特許出願公告公報)、第一三号証の九(特許出願公開公報)、原本の存在と成立に争いない乙第一号証(昭和四七年特許願第一〇三〇四八号の願書及び添付の明細書、図面)、原審における控訴人代表者尋問(第一ないし第三回)の結果によれば、本件契約の対象物件はベノト式掘削機(ベノトボーリングマシン)と通称される掘削装置を改良したものであること、ベノト式掘削機とは、場所打ち杭をオールケーシング工法によつて実現するものであつて、先端にカツテイングエツジを有するケーシングチユーブを、上下動オイルジヤツキによつて縦方向の力を加えるとともに、揺動用のオイルジヤツキで水平方向の左回り及び右回りの回転力を交互に加えつつ土中に捩じ込み、ケーシングチユーブ内の土をハンマーグラブで掴み出して大口径の孔を形成した後、その孔に鉄筋を建て込み、コンクリートを流し込みながらケーシングチエーブを引き抜くことによつて所望の場所に基礎杭を形成する装置であること、しかしながらケーシングチユーブを揺動しつつ圧入すると、掘削装置自体の後部が滑動横振れして掘削能力に限界が生ずること、そこで控訴人代表者は、掘削装置本体の後方に孔を穿ちこれにアンカーを貫通して地面に打ち込むことにより掘削装置を固定してその滑動横振れを防止し、掘削能力を飛躍的に高めるという試みを創案したこと、そして控訴人代表者は、従来のベノト式掘削機がケーシングチユーブの揺動圧入装置とハンマーグラブの作動装置、走行装置とを一体としていたため、装置が大型となり種々の不都合を生じていたことに鑑み、ケーシングチユーブの揺動圧入装置のみを独立させ、これに前記のアンカーを組み合わせることにしたこと、一方、ケーシングチユーブを引き抜く際には数十トンもの力で地盤を押すことになり掘削装置が浮き上がつてしまうので、インゴツトを適宜に配設して負荷を掛け、掘削装置の浮上を防止することは従来から慣用されていた技術であること、控訴人代表者はその創案に係る右掘削装置の製造下請を被控訴人に依頼したものであること
以上の事実を認めることができる。そして、原審における証人糟谷俊秀、同石井経敏の各証言によれば、ベノト式掘削機において、ケーシングチユーブを引き抜く際の掘削機の浮上を防止するためにインゴツトを適宜に配設することは従来から慣用されていた技術であること、ケーシングチユーブを揺動圧入する際の掘削装置自体の後部の滑動横振れを防止するために掘削装置本体の後方にアンカーを貫通して地面に打ち込み固定することが控訴人代表者の創案に係る事項であつて、本件契約の成立以前に行われた例がないことが認められる。以上の認定に反する乙第二五号証(被控訴人代表者の報告書)、原審における被控訴人代表者尋問(第一、二回)の結果はいずれも措信できず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、被控訴人が不作為義務を負う範囲は、ベノト式掘削機からケーシングチユーブの揺動圧入装置のみを独立させこれにアンカーを組み合わせたものであり、その構成は、別紙本訴対象物件目録の「二 構成の説明」記載の構成要件から成るアンカー付揺動圧入式掘削装置であつて、同目録の「一 目的機能の説明」記載のとおり作動するものと理解することができる。これに対し、右範囲を、控訴人の注文に基づいて現案に製造納入した装置及びこれと本質的に同一のもの(すなわち、チヤツク、インゴツド及びアンカーをほぼ一列に配設する構造のもの)に限定されるという被控訴人の主張には、確たる根拠がないというべきである。
この点について、被控訴人が援用する乙第一一号証の一ないし四によれば、社団法人日本建設機械化協会編「場所打ちぐい施工ハンドブツク」(株式会社技報堂昭和四五年一二月一日発行)の第一〇四頁第一五行ないし第一〇五頁第一四行には、「ベノト掘削機の後部滑動を防ぐにはどうしたらよいか」と題して、
「ベノト掘削機において揺動作業の際の機械の後部滑動を防ぐには据付地盤を堅固にして据付けを確実にすることが必要である。この機械後部滑動の原因については、ケーシングチユーブの揺動の反力が、掘削機本体の重量による地面との摩擦力よりも大きくなつたときに生ずるもので、特に雨天時の粘性土が泥ねい化すると、この傾向がはなはだしい。この防止対策としては、施工にあたつてケーシングチユーブの表面摩擦力を減少せしめる方法と、機械後部を押える方法などがある。(中略)
機械後部を押える方法
a 機械後部にくい打ちを行うか、あるいはアウトリガなどに突起状の抵抗体を取り付ける。
b クレーンなどの重車両をアンカーに利用して押える。
機械後部の滑動は、一般にケーシングチユーブの引抜き困難または不能のときに起こることが多く、この場合機械後部をむりに押えると、油圧装置などに過大な負担がかかるので、好ましい方法ではない。なおこの際、揺動装置の油圧を高めてむりに揺動するようなことは避けるのがよい。」
と記載されていることが認められる。そして、被控訴人代表者は原審における代表者尋問(第一、二回)において、ベノト式掘削機の後部の滑動を防止するため機械後部に杭を打つことは本件契約の成立前から行われている事項である、と供述している(同人の作成に係る前掲乙第二五号証及び第二七号証(図面)にも、同趣旨の事項が記載されている。)。
しかしながら、前掲ハンドブツクに示されているのは、ベノト式掘削機の後部の側面に接着して杭を打つ方法であつて、控訴人代表者が創案したように掘削装置本体の後方にアンカーを貫通して地面に打ち込むことにより掘削装置を固定する方法ではないと理解される(前掲乙第二五、二七号証において、被控訴人代表者が本件契約の成立前に行われている例として図示している第三ないし第五図も、ベノト式掘削機の後部の側面に接着して杭を打つ方法であると認められる。)。そして、仮にベノト式掘削機の後部の側面に接着して杭を打つことが技術的に可能であるとしても、その一面のみが掘削装置の後部の側面に接着し他の三面は掘削装置に接着しない杭と、掘削装置本体の後方を貫通して地面に打ち込まれたアンカーでは、掘削装置の後部の滑動横振れを防止する作用効果において異なるものがあると考えられるから、前掲ハンドブツク記載の事項と控訴人代表者が創案した事項を、技術的に同一のものと理解することはできない。したがつて、前掲ハンドブツクに前記のような記載が存することによつて、掘削装置本体の後方にアンカーを貫通して地面に打ち込むことにより掘削装置を固定するという技術的思想が新規性を失うことはないというべきである。
二 被控訴人は、本件契約のうち、被控訴人が特定の構造を有する掘削装置を製造し控訴人以外の第三者に対し納入販売してはならない不作為義務を負うという部分は、いわゆる紳士契約であつて法的な拘束力を有しない、と主張する。
しかしなから、本件契約の対象となつている掘削装置が特徴とする技術的思想は、本件契約の成立の時点において新規なものであつたと理解できることは前述のとおりである。のみならず、前掲乙第一号証及び控訴人代表者尋問(第一ないし第三回)の結果によれば、本件契約成立のころには控訴人代表者は既に特許出願の準備をしており、昭和四七年一〇月一四日、「基体の先方にケーシングチユーブを挾持するチヤツクを設け、また該チヤツクに挾持されたケーシングチユーブを揺動、圧入すべき装置を設け、更に掘削時の機体の動揺を防止するため基体の一部から地中に打ち込むアンカーを設け、また掘削による反力に対応するため基体にインゴツトを取脱し自在に取着けた掘削装置」を特許請求の範囲とする発明について特許出願をしたこと、右発明は、その特許請求の範囲からみて、北辰式掘削装置と実質的に同一であることが認められる。このように、控訴人代表者が特許権を取得しその実施をすることを企図していた掘削装置について、製造者に対し一定の不作為義務を負わせる約款が、法的な拘束力を有しないものとして契約当事者間で合意されていたということは到底考えられない。このことは、成立の争いない甲第九号証の一、二(書簡)及び原審における控訴人代表者尋問(第一、二回)の結果によれば、控訴人は、本件契約の対象となつている掘削装置の製造を、当初、訴外株式会社平林製作所に依頼しようとしたが、同社が製造した掘削装置を控訴人以外の第三者に対しても販売することを希望したため、同社に対する製造依頼を断念し、被控訴人に依頼するに至つたという経過が認められることからも明確に裏付けられるところである。
したがつて、本件契約のうち被控訴人が一定の不作為義務を負うという部分は法的な拘束力を有しない、という被控訴人の主張は失当である。
三 被控訴人は、控訴人代表者がその創案に係る掘削装置の発明について特許出願をし、審査官の拒絶理由通知に対応して特許請求の範囲の記載を補正した結果、特許出願公告がなされるに至つたという経過からすれば、被控訴人が控訴人の注文に基づいて現実に製造した掘削装置が特徴とする点はインゴツトの配置位置であつて、ベノト式掘削機の揺動圧入装置とアンカーを組み合わせた点ではない、と主張する。
そこで検討するに、成立に争いない甲第一三号証の四の一、二(特許出願公告公報、特許証)、前掲乙第一号証、原本の存在と成立に争いない乙第二ないし第四号証(拒絶理由通知書、手続補正書、意見書)によれば、原判決第三八頁第八行ないし第四二頁第三行記載の事実が認められるので、ここに右記載を引用する。
しかしながら、本件契約が昭和四七年中の四月二八日より前に成立したことは前記のとおりであるから、同契約によつて定められた被控訴人が不作為義務を負う範囲が、その後に控訴人代表者によつて特許出願され、特許庁審査官の拒絶理由通知に対応して特許請求の範囲を補正したことにより特許権の設定登録がなされた発明の内容によつて左右される理由がないことは多言を要しない。
のみならず、成立に争いない乙第一〇号証(なお、甲第七一号証も同じもの)によれば、前記拒絶理由通知において「掘削時の機体の動揺を防止するため基体の一部から地中に打ち込むアンカーを設けた点」が記載されている引用例とされた昭和三六年特許出願公告第二四一二一号公報(以下「引用例」という。)記載の発明の特許請求の範囲には、「コンクリート杭、柱体、矢板等の基礎構築杭類の打込みに当り、その打込み位置または打込近接位置に定着用螺旋筒体をねじ込み埋設し、この定着用螺旋筒体を基礎加工の定着力となし、定着用螺旋筒体が杭類の打込み位置にある場合は最初この定着用螺旋筒体を案内基礎となし、また、これが打込近接位置にある場合はこの定着用螺旋筒体を主として定着力として働かせると共に、さらに基礎加工および支柱等と併用して案内作用を行わせ、適当の方式により杭類を圧入打込むようになしたコンクリート杭、柱体、矢板等の構築物を地中に圧入打込みをなす基礎構築方法」と記載されていることが認められる。右記載によれば、引用例記載の発明は既成杭の圧入打込み方法に関するものであるから、控訴人代表者により特許出願された場所打ち杭を形成するための掘削装置とは掘削の目的ないし対象を異にするものであつて、別異の技術分野に属することが明らかである。そればかりでなく、前掲乙第一〇号証によれば、引用例記載の発明は、土中に捩じ込まれた定着用螺旋筒体の螺旋が本来有する定着力を、杭類に対する加圧の反力として利用するものであつて、定着用螺旋筒体を埋設した後その上部に装着する基礎座にアンカーを配設することは示唆すらされていないと認められる(なお、前掲乙第一〇号証によれば、引用例記載の定着用螺旋筒体の捩込みは「定着用螺旋筒体を樹て、適当の手段によりその螺旋方向に旋回」(第一頁左欄第三〇行及び第三一行)することによつて行われるのであるが、その際の「適当の手段」の滑動横振れを防止する方法は何ら記載されていないことが認められる。)。念のため付言すれば、既成杭を所望の箇所に打ち込む場合に、杭に上下方向の打撃と併せて水平方向に適宜の振動を加えれば打込みがよりスムースになることは当然に考えられるが(前掲乙第一〇号証によれば、引用例の第一頁右欄第一九行及び第二〇行には「杭類の打込みには振動を与えることが希ましい」と記載されていることが認められる。)、この打ち込まれる杭に意図的に加える水平方向の振動と、ベノト式掘削機によつて大口径のケーシングチユーブを揺動圧入する場合に不可避的に生じてしまう掘削機自体の滑動横振れとは、技術的に全く異質の事柄に属することはいうまでもないところである。
したがつて、引用例は、「掘削時の機体の動揺を防止するため基体の一部から地中に打ち込むアンカーを設けた点」が記載されている刊行物とはいえないものであるから、このような引用例の記載を論拠として、ベノト式掘削機にアンカーを組み合わせることは公知技術であるとし、控訴人代表者により特許出願され特許権の設定登録がなされた発明の特徴はインゴツトの配置位置であるということ自体が誤りであるといわざるを得ない(なお、被控訴人は乙第五号証(昭和四六年特許出願公告第三三三五二号公報)を援用するが、成立に争いない乙第五号証によれば、右公報記載の発明は名称を「基礎ぐい圧入掘さく等土木作業用の反力装置」とする発明であつて、既成杭の圧入打込みの方法に関するものと認められ、場所打ち杭に関する北辰式掘削装置の先行技術となるものではない。)。
次に、被控訴人は、本件契約によつて被控訴人が製造を依頼された掘削装置と被告装置は、インゴツトの配置位置、パワーユニツトの配置位置、ケーシングチユーブを固着するチヤツクの配設方法において異なる、と主張する。
しかしながら、インゴツトを適宜に配置して負荷を掛け、掘削装置の浮上を防止することが従来から慣用されていた技術であることは前記のとおりであるから、掘削装置においてはインゴツトの配置位置の相違は本質的な事項と考えられない。したがつて、インゴツトを、被控訴人が控訴人から製造を依頼された掘削装置のようにチヤツクの後方に配置するか、被告装置のようにチヤツクの両側に配置するかは、工事現場の状況に即して適宜に選択すべき事項にすぎず、その間に格別の技術的意義の違いを見いだすことはできない。このことは、成立に争いない甲第二〇号証(訴外会社作成のカタログ)及び乙第二八号証(被控訴人作成のカタログ。なお、甲第一九号証はその一部)によれば、被告製品の仕様を説明するカタログの表紙にはケーシングチユーブを固着するチヤツクの両側に一個ずつインゴツトを配設した写真が掲載されているが、表紙裏には「敷地のコーナー部での施行にも簡単に対応することが出来ます。(但し、ウエイトアームはコーナー用に取替えが必要です……オプシヨン)」と記載され、チヤツクの片側にのみ二個のインゴツトを並べて配設した図が掲載されていることからも明らかである。念のため付言するに被控訴人は、被控訴人が控訴人から製造を依頼された掘削装置と被告装置を比較すれば、被告装置の方がインゴツトの反力作用が有効に働く、と主張する。しかしながら、インゴツトの反力作用の大きさは、掘削機自体の重量(被控訴人が控訴人から製造を依頼された掘削装置ではパワーユニツトが掘削装置の基台に載置されているが、被告装置ではパワーユニツトが掘削装置の基台に載置されていないことに留意すべきである。)、インゴツトの重量、掘削装置の重心から掘削装置の後部までの距離、インゴツトの重心から掘削装置の後部までの距離、ケーシングチユーブの中心から掘削装置の後部までの距離を勘案して判断しなければならないが、被控訴人の主張は、これらの条件を考慮していないから、不正確であるといわざるを得ない。
また、パワーユニツトの配置位置、及び、ケーシングチユーブを固着するチヤツクの配設方法は、ベノト式掘削機における周知の揺動圧入装置を具体化するに当たつて、当業者ならば適宜になし得る設計的な事項にすぎないと理解される。したがつて、仮に被告装置がこれらの点において被控訴人が控訴人から製造を依頼された掘削装置と異なつているとしても、被告装置が被控訴人が不作為義務を負う範囲に含まれないとすることはできない。
したがつて、被控訴人がるる主張するところを考慮しても、被控訴人が不作為義務を負う範囲は、ベノト式掘削機からケーシングチユーブの揺動圧入装置のみを独立させ、これにアンカーを組み合わせた北辰式掘削装置であるという前記の判断を左右することはできない。
四 以上のとおりであるから、被控訴人に対し、本件契約に基づいて、別紙本訴対象物件目録表示の掘削装置を製造納入し控訴人以外の第三者に対し納入販売をしてはならないことを求める控訴人の本訴請求部分は、理由がある。
この点について、被控訴人は、本件契約は昭和五〇年ころ、あるいは昭和五二年ころ合意解約されたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。かえつて、成立に争いない甲第一二号証の一及び二(報告書)、甲第七六号証(被控訴人代表者作成の「前受金二〇、〇〇〇、〇〇〇に対する売上振替予定」と題する書面)、原審における控訴人代表者尋問(第一回)の結果及びこれにより成立を認め得る甲第一号証の一ないし三(「高橋工業(株)北辰式スロトング購入明細」と題する書面ほか)によれば、被控訴人が主張する各時期以降にも、控訴人と被控訴人の間において、掘削装置に関連して多額の金銭的取引がなされていた事実が認められるから、被控訴人の右主張が失当であることは明らかである。
また、被控訴人は、本件契約の効力は、契約の対象である製品の発明が特許出願公告によつて仮保護の権利が与えられたことにより、あるいは、継続的取引契約において契約当事者の不作為義務を定める約款の通例の期限である三年ないし五年の経過により、終了したと理解すべきであると主張する。しかしながら、契約当事者がその自由な意思に基づいて期限を定めることなく合意した本件契約について、被控訴人主張の理由によりその期限を三年あるいは五年に限定すべき法的根拠はなく、被控訴人の右主張はいずれも独自の見解であつて、到底採用することができない。
五 被控訴人が被告装置を製造し、昭和五五年四月(あるいは六月)ころ訴外会社に対して代金二八〇〇万円で販売したこと、右販売によつて被控訴人が得た利益が販売代金の二〇%(すなわち、金五六〇万円)を下ることがないことは、当事者間に争いがない。
ところで、被告製品の構造が原判決の別紙目録一記載のとおりであることは当事者間に争いがないところ、前記の認定判断によれば、被告製品が、被控訴人が不作為義務を負う範囲に含まれることは疑いの余地がないから、被控訴人は本件契約により定められた不作為義務に違反したものとして、これによつて控訴人が被つた損害を賠償する責任がある。そして、被控訴人の不作為義務違反によつて控訴人が被つた損害の額は、被控訴人が被告製品を販売したことにより得た利益と同額と考えるのが相当であるから、被控訴人に対し金五六〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から右支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人の本訴請求部分も、理由がある(なお、本件訴状が昭和五六年一〇月七日に被控訴人に送達されたことは、原審の訴訟記録上明らかである。)。
六 よつて、控訴人の請求を全部棄却した原判決は失当であるからこれを取り消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担及び仮執行の宣言について民事訴訟法第九六条、第八九条、第一九六条第一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
別紙本訴対象物件目録
一 目的機能の説明
本訴対象物件はアンカーつき揺動圧入式掘削装置であつて、ケーシングチユーブの圧入と引き抜きを強力化するためのものであり、この装置によつて、ケーシングチユーブを地中に揺動圧入し、圧入したケーシングチユーブ内の土砂 を掘り出して、ケーシングチユーブ内を空間とし、この空間に鉄筋篭を押入し、生コンクリートを打設しながらケーシングチユーブを揺動引き抜きにより、場所打ち杭という基礎杭を構築するものである。
二 構成の説明
本訴対象物件であるアンカーつき揺動圧入式掘削装置は次の構成から成る。
(1) ケーシングチユーブ挾持オイルジヤツキ
(2) 圧入引き抜きオイルジヤツキ
(3) 揺動オイルジヤツキ
(4) インゴツト(重錘)
(5) アンカー